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【13】 定期試験は生徒のためのもの?

 前回アクティブラーニングの話をしたところ、大変盛況な様子でありがたいと思います。今後も少しずつお伝えしていきたいと思います。

 今回は定期試験の話です。最近の生徒は、ここまで述べてきたように2つのタイプに分かれるようです。一つは、従来と変わらず①コツコツやっていく生徒。もう一つは、いかに苦労をしないで、②やり過ごそうというタイプの生徒です。もちろん私は①のタイプをお勧めしますし、そういう生徒が社会で活躍できると考えています。

 ところが、残念なのは②の生徒が増えている傾向があります。大学全入時代を迎え、親御さんの中でもさほど勉強しなくても大学へいけるんじゃないかしいてはさほどお金をかけなくても大学へいけるんじゃないだろうかという傾向があり、それを子供たちが影響をうけるという形がほとんどです。

 逆に言えば、①のタイプを推している親御さんであれば、お子さんのほうはまず①のタイプになるともいえますね

 さて、この②タイプを増やしている原因は、親御さんの影響、強いては社会の影響といえますが、それを助長してしまう学校側の対応にも問題があるのではないでしょうか。

 たとえば、先日お伝えした『考えない大学生』を勉強させるために、大学で百分率の授業などを行うとかは、その一つといえるでしょう。

 もう一つ、その大きな後押しをしてしまっているのが、各学校で行われている定期試験にあるようです。 定期試験とは、前回の試験との間に学んだことのチェックという意味合いがあるはずです。ところが、その役割をなしていない状況がありました。

 ②タイプの生徒に定期試験の範囲をきいて勉強しようというと

 『このページからこのページの間の問題から、全く同じ問題がでるので、それができればいいです』

 『この授業プリントの問題からしか出題されません』

 『この*マークのついている問題からほとんどでるので、そこをやっておけばいいです』

 お気づきでしょうか。学校の側がすでに生徒に試験の答えを与えているようなものです。ですから、生徒は答を暗記してきてくださいとの意図が見えています。つまりは、学校側で②の生徒をやる気にしようというどころか、その生徒の身になって?、定期試験の答えを教えてあげている状況なのです。

 これで、生徒が勉強に目覚めることなんてないでしょう。むしろ、

 『試験があっても前もって何かの答えがもらえるはずだ』

 とか

 『もし何らかのそんなに勉強しなくてもできる必殺技みたいのがあるはずだから、それを塾とかで教えてもらおう』

 とかいいだすわけです。

 そうすると、塾の授業で「先生もっと簡単にできる方法ってないですか」とか言い出すわけです。なんとも・・・

 私たちとしては、②タイプの生徒はその言動ですぐわかるので、その勉強の仕方ではいけないということを言い続けているのですが、なかなか心に届きません。ある意味私たちは、学校やご家庭の②タイプの学習に対する意識と戦わないとならないといえます。

 もちろんすべての生徒がそうではありません。ただ②の生徒が徐々にですが着実に増えてきているのですそこにきてきちんとしたシラバスを持たないで『アクティブラーニング』とかいったことで勉強させると、自由を勘違いしてより悪くなる傾向もあり得るのです

 楽を覚えた子供たちに、きちんとした勉強の習慣を培わせるのはかなりの時間がかかります。小中学生のころからきちんとした勉強スタイルを身につけさせていきたいですね、

 次回は、ほんとうのアクティブラーニングを行わせていくにはという観点からお話ししたいと思います。

【12】 アクティブラーニングってなに

 最近聞くことが多くなったアクティブラーニングについて考えておきましょう。

直訳すれば『活発な学習』ということになりますが、いったい何なのでしょう。

 センター試験を廃止するという話は聞かれたことがあるかと思いますが、それに代わるテストとして論理的思考力を中心としたテストを意識していくと、自分から勉強するといった態度が必要になります。

 そこでアクティブラーニングなんです・・・っていってもわかりませんね。

 文科省のサイトでの解説も、かなり曖昧なものになっていて、ディベートなどがその一部になるとかいった感じで、これまた具体的によくわかりません。

 ではそれに対して高校などではどのような対策をしているのでしょうか?どの学校の説明会にいってもアクティブラーニングだとまるで呪文をとなえるかのように言っていますが、いったい何をやっているのかご存知でしょうか・・・

 ある高校は、いろいろなコース設定をして、生徒にそれを自ら選ばせるのがアクティブラーニングだといいます。また、ある学校は、自分の調べたいテーマを作って、それについて調査し、プレゼンすることなどがそのようです。

 これがアクティブラーニングです・・・ってわからないですよね。

 実際本当のところその意味を分かっていてそれを行っている学校はすくないのではないでしょうか。アクティブラーニングに必要な要素は・・・

 ① 生徒が自ら意欲を持って問題に取り組む

 ② 自分から問題を発見してそれを解決する努力をする

 ③ 特別な教科によらず、主要五教科などでも同様に行う

 これらのものがそろっていないとならないことでしょう。

 お子さんの目指す高校などの授業はどのようになっているでしょうか?アクティブラーニングだと呪文をいうだけで、実質何も工夫していないところがおおいですのでご注意ください。

 次回は、ある定期試験の形です。

使用テキスト

皆さんは塾のテキストと聞くと、一教科でどのくらいの冊数と考えておられるでしょうか。1冊か2冊といったところでしょうか。

HASHIKENでは、一年間に十冊ほどに到達する生徒が多くいます。たとえば英語においては、単語・文法・作文・読解といった各分野ごとにテキストが変わってきます。さらにその分野でも一冊で終わることはありませんので、かなりの数になるわけです。

そこで感じるのは、そんなにたくさんこなすことができるのか・・・ということでしょう。

一つ一つのテキストは目的をもって期間が区切られて使用することになっています。さらに、各セッションの終了後チェックテストがなされ、つねに到達度を確認していくスタイルの授業ですので、テキストの内容をきちんと理解して終了するようになっています。

ある塾や教育システムを持つところが、「あなたに合わせたスケジュールを提供いたします」との宣伝をよく聞かれることでしょう。

もちろんHASHIKENでもそうなのですが、単なるスケジュールではなくて、テキストとそれを学習するための勉強法とが、まとめられてスケジュール化されます。

対象となるテキストは、優に三千冊を超えるものから選択され、毎年新しくテキストが入れ替えられます

採用するテキストに関しても、塾長の判断だけではありません各教科の先生が内容を確認して、どのレベルの生徒がどのくらいの学習の成熟度のところで使用するのかを提案して、採用されたり、不採用になったりします。

そのようなテキストのデータベースから、生徒ごとのスケジュールが書く教科ごとに作成されていくわけです。

ぜひ一度三千冊を超えるデータベースのテキスト群を、ご覧になっていただきたいと思います。

【11】 考えない大学生・・・就職編

 しっかり勉強することもなく、のらりくらりと大学まできてしまった『考えない大学生』もいよいよ最終章の就職となります。

 就職氷河期と言われて久しいですが、果たしてそれは本当なのか疑問の部分があります。また、出身大学でフィルターをかけられることが不公平だという声も上がってきています。果たして真相はどうなのでしょうか?

 ここまで対象となってきたような大学生を採用したい企業は、ほとんどないでしょう。大学と違って、就職の枠は少ないわけですから、有能な人材でないと企業側も損失を被ることになりますので、そこはさすがに騙されません

 まず、就職したい新卒者がたくさんいるとのことですが、確かにそれは間違いないといえます。ただし、本当に勉強して大学を卒業してきた生徒かどうかは今までの話の展開からするとわかりません。つまり、極端にいってしまうと『考えない大学生』がその中には多く含まれ、その数が、就職氷河期という状況を作っているのではないかということです

 彼らも一応は就職活動をします。面接で自分の『売り』はなんと答えるのでしょうか。バイトやサークルで培った企画力や社交性を訴えるようです。もちろん、大学学業として学んだことは話せないことでしょう。何を『売り』にしたらよいか、そのための予備校も存在するようです。

 当然ながら、企業の人事の方々もそれはわかっていますので、それで採用とはならないわけです。そうすると、彼らは開き直って『社会が悪い』『教育制度がよくない』『就職がこんなに大変なのはおかしい』と言い出す始末。

 大学フィルターをかけたいとは採用側もおもってはいないことでしょう。しっかり地道に勉強してきた生徒が見過ごされてしまわないようにしたいのはやまやまです。ただ、『考えない大学生』があまりにひどいので、そうせざるを得ないということでしょう。彼らの存在が、熱心に勉強してきた生徒の将来を閉ざしてしまうのがとても残念です。

 勉強から逃げずに我慢してきた生徒が報われることを願います。そのためにも、自分から勉強するスタイルを確立していってほしいのです。そのための勉強法であり、SSシステムです。

 次回は、最近はやりのアクティブラーニングについてお伝えしたいと思います。

【10】 考えない大学生・・・円熟編

 さて大学の単位の取り方について考えてみましょう。あくまで私の通っていたころですので、今では変わっているかもしれません。

 基本大学4年間で120~130単位が必要です。その中にはその学部学科の必修の科目を含むことになります。

 一年間続けて出席し、試験やレポートの提出によって、各単位をもらうことができます。講義は4単位、演習は1単位、実験は0.5単位です。

 さてここで考えてみると、理系の学部は演習や実験が年度が進むにつれて増えてきます。しかも実験などは、2コマ連続で3時間とかおこなって、しかも毎回それについてのレポートを提出しないとなりません。かなり時間が必要です。その一方で、文系などはほとんどが講義のため、実質3年で卒業単位はとれてしまいます。たいていは最終年度に卒業論文を書くために、ゼミに参加する必要がありますが、それも一週間に1コマ90分だけで、ほかの時間は実質生徒に任されている時間です。

 さてこうなると、いかに勉強をしないで卒業をするかを考える生徒としては、文系で、講義も前回のブログに書いた方法で取得し、最終年度にいたってば、一週間に一コマで4単位といったかなり充実した学生生活を送ることができるようになります。

 その一方で、理系実験系の生徒は、ほぼ毎日研究室に入りびたり。数日連続の実験で途中で地震があってやり直しなんていうこともあります。それでやっとやっとの1単位。この格差はしかたないのでしょうかね。

 そんな状況ですから、就職時には大きな違いが生じてくるわけです。ずっと青春を謳歌してきた生徒と、ずっと自分の目標をもって勉強をコツコツしてきた生徒どちらをあなただったら採用しますか?

 次回、考えない大学生最終章・・・就職編です。

【9】 考えない大学生・・・成長編

 前回から、あまり勉強せず、我慢して勉強することもなく、大学まで到達してしまった大学生の話をしました。

 もちろん、すべての大学生がそうだというわけではありません。しかし、最近は我慢して勉強することから逃げてしまう子供たちが多いということです。楽な道はたくさんありますが、その先には何が待っているかを考えてほしいと思いながら書き込んでいます。そんな大学生になってほしくないので、私たちの塾では自立学習型の授業を展開しているわけです

 さて、大学に入った『考えない大学生』はその後、危機感を覚え、勉強をするときがくるでしょうか・・・残念ながらそれはありません。むしろもっとずるがしこくなります。また正規に入ってきた生徒の足を引っ張ってしまう事さえあるのです。目覚めて勉強するようになったら、それこそ映画になることでしょう。そのくらい一度下ってしまった道を上るのはかなり難しいのです。

 さてここで注目したいのは大学の授業のメインとなる「講義」です。一年間ずっと出席して試験をパスすればいいのですが、出席といっても、小中高のように先生が点呼をとって出席をとることはあまりありません。またあったとしても‘代返’などでごまかすこともできるでしょう。つまり、毎回授業に出席しないどころか、ほとんど出席しないこともあります。

 特に初年度は教養を学びますが、その多くの授業は一時限目にたいていあるので、あさ早く起きなくてはならないのですが、朝は『いろいろな理由』で眠いわけです。できるなら出席しないで単位を取りたいわけです。

 また「語学」は大学入試までのものと目的がかわり、将来研究する際に、いろいろな文献を読む必要があるので、そのために勉強します。文法や熟語を学ぶより、長文を訳することが中心となります。ですから、長文の訳文を手に入れればなんとかなります。なぜかは、次にお話しします。

 授業に出席しないと試験の時に困るでしょう・・・

 確かにご両親やこのブログを読んでおられる方はそう思うでしょう。ところがそこが彼らの長けているところです

 大学に入って最初にやることは、まじめに授業に参加してノートをきちんと取る生徒と友達になることです。そして、レポートの提出などがあれば、その友達のノートをコピーさせてもらって、レポートを作ります。また試験においては、その縮小コピーを持ち込みます。和訳さえ手に入れば点数が取れる試験ならなおさらです。それはいわゆるカンニングというやつです。

 さてカンニングなんてとんでもないと思われることでしょう。ところが意外と普通に行われています。現に私が学生時代、図書館で勉強していると、ほかの生徒が何人か集まって、いかに小さくコピーをするか話していたのをききました。また残念ながら同じ語学のクラスで、試験中にカンニングが発覚した生徒もいました。カンニングは見つかれば退学・・・というのはあくまで脅迫的なもので、退学にはたいていなりません。単位がもらえないくらいです。ましてや、やっと生徒数を確保した大学側としては、退学にしたくないのです

 授業にはほとんど出席せず、試験の時だけ出席して、友達のコピーで単位を取る・・・このような生徒が実際にいます。実際何をして大学生活を送っているのでしょうか。多くはバイト、サークルです。大学は、出会いの場、青春を謳歌せずしてどうする!といった声が聞こえてきそうですね。
 『生徒の自主性を重んじた大学のカリキュラム』

 のはずが・・・

 『生徒が自由に遊べる大学のカリキュラム』

 になってしまうわけです。

 このブログを読んでおられる大学生を持つ親御さんは、ぜひ確認をしていただきたい。

 

 「お子さんたちは大学にきちんといっていますか?授業に参加して勉強していますか?家で受験勉強をしていたころと同じくらい勉強していますか?」

 これらの質問が問題なく肯定であることを願いたいと切に思います。

 さてそんな彼らは、結局卒業単位を取得することはできるのでしょうか?大学での単位の取り方に、次回は注目してみたいと思います。

【8】 考えることをしない大学生・・・誕生編

日本の大学の場合、入り口は狭いが、出口は広くて簡単に卒業できるといったイメージがあるかもしれません。今回はその入り口が広くなっていることをお伝えしたいと思います。

 その原因は少子化による生徒数確保の手法に問題があるからです。大学入試と聞くとどのようなイメージをお持ちでしょうか?センター試験の上に二次試験といった感じでたくさんの試験が待っているのが普通でしょう。

 ところが、最近は大きく変わってきています。もちろん前述は正攻法で、ほとんど多くの方々がそのコースで大学に入学します。しかし、最近はAO入試や推薦入試といったものがあります。

 AO入試ってなんだと思われるかもしれませんが、ほぼ推薦入試と同じくくりで話をしていっても現状のAO入試は特徴が少ないので、それでいいと思います。

 現在受験生の数に対して、大学の定員数が大幅に余裕がある状況になってきている状況なので、大学側、特に私立大学にしてみれば、生徒数が確保できなければ、経営ができなくなるので、生徒数は絶対的に必要なわけですから、ある意味生徒の取り合いがそこで生じてきます。早稲田や慶応といった有名な大学は別としても、新規参入の大学は本当に個性や、ほかの大学と違うところ、いわば‘売り’がなければ、生徒数を確保するのは難しくなるでしょう。

 そこで、禁断の一手を使わざるをえなくなります。それが『青田買い』です。意味は、まだ収穫期に到達していない田を、前もって買い取ってしまうという意味です。つまり、一般試験の時期、1月2月になるとほかの大学に魅力が負けてしまうので、それを少しでも早く確保、つまりは『内定』をだしてしまうわけです。その手段が推薦・AO試験となるわけです。

 ここで注目したいのは、いわば内定をいつ出すかということです。通常のイメージなら少し早い11月とかをイメージするかもしれません。とはいえ、それもその時期に同じように内定を出そうとする大学がいる限りは、意味がないので、より早くだして、生徒を確保しようとします。

 その時期はいつでしょうか。驚くなかれ、早いところは5月に出してしまうところがあります。つまりは、今の時期で来年春の卒業生の中に、すでに大学に合格している生徒がいるということです。

 試験内容はどのようなものでしょうか。そのようなところは、たいてい面接で合否がきまります。とはいえ、ほとんど不合格者はいません。ある意味、推薦AOの入学願書をだした時点で、合格は決まっているわけです。

 これはとても恐ろしい状況です。なぜそういえるでしょうか。そのいわば内定をもらった生徒は、残りの高校生活をどのように過ごすでしょうか?

 たとえば夏休み。通常の生徒は、塾の夏期講習や学校の補習などで毎日勉強に明け暮れます。その後、入試に向けての追い込みもしていくことになります。この半年間の現役生の勉強量は半端ないもので、学力がぐんと上がる時期です。同じように勉強すると思いますか?

 全部の生徒がそうとはいいませんが、夏休みはバイト三昧だったり、自動車の免許を取りに行ったりすることで忙しくしていたりするのではないでしょうか?いわば、受験勉強から逃れるための手段といえるかもしれません。

 そして大学に入った瞬間、一般入試で入ってきた生徒との学力差に唖然とすることになります。いや、まだそれに気が付けばいいですが、周りがすべて推薦AOで入った生徒だったら、そこでも危機感を感じることなくすごしてしまいます。

 そこでもまた、大学側は親切心を示してきます。そのままの学力で大学を卒業させてしまってはまずいので、大学の講義の中で、本来入試で学んでいるはずの内容を補習するわけです。絶対にやってはいけない親切です。

 さらに恐ろしいのは、そのようにして入った生徒、果たして高校入試や中学入試などでハードな試験を今まで受けてきているでしょうか。下手をすると、すべて同じように推薦で登ってきて、さほど勉強することなくきていたりします。

 このようにして、あまり勉強することなく『考えることをしない大学生』が誕生するのです。少子化と大学側の経営問題がこのような大学生を実現させてしまっています。

 さて、次回はさほど勉強をしないできてしまった『考えることをしない大学生』の大学生活と就職活動に焦点をあててみたいと思います。

【7】 センター試験の数学

 前回とその前で数学は過程が大事で、それを評価すべきだという話をしてきました。そのためマークシートには不向きであることは決定的な問題です。とはいえ、センター試験から数学を外すわけにはいかないですし、センター試験の受験生の数を考えると、当然採点するのはマークシートでなければ処理できないことは確かでしょう。ですから、現在の形になっているといえます。

 つまりセンター試験では一応過程を考えるために、穴埋めのような数式の展開になるわけです。二次関数なら、まずは頂点の座標を求めましょう。次に判別式から、解の数について考察しましょうといった感じです。

 穴埋めだから簡単だろう?って思われるかもしれません。ところが、むしろそれが難しいのです。なぜでしょうか。

 数学は最初に問題をみて、自分なりに流れを思い浮かべて数式を変形していくわけですが、そこの重要なポイントは『自分なりに』というところです。つまり、自分ならこうやって解答を進めるといった流れです。

 ところが、センターは『自分なり』を許さず、出題者側のやり方で解くように矯正されてしまうわけです。したがって、その数式の展開や話の流れがわからないと、何を目的としているのかわからず、なかなか波に乗れずに答えがわからないということが多々あります。

 いわば、‘人の褌で相撲をとる’っといった感じが抜けきれず、解いていてもそれでいいのか常に違和感を感じながら、私自身も解いている事があります。

 マークシートで数学を解くというのは、出題者の解き方を推理していくまた違った数学になっているわけです。まあそれが数学といっていいのかどうかはわかりませんが・・・

 そんな変な数学だからこそ、姑息な手段で解答を求めようとする輩がいます。それが先日もお伝えした三角関数の場合ルートの中は、2か3とかいったことを教えるテキストです。これは明らかに数学ではなくなっています。数学を使った推理小説みたいな感じで、私としては、そのやり方は絶対に数学ではないと断言します。

 いずれにしてもマークシートの数学は、とても難しくなる傾向があることをわすれてはなりません。それよりも、本当の数学、数学の本質を理解して勉強していってほしいと思います。

 さて、次回は、「考えなくなった大学生たち」についてお伝えします。

【6】 マークシートだから簡単?

 よく私立などを受験する生徒がいう言葉に

『マークシートなのでそこまで勉強しなくても大丈夫だと思います。』

という生徒がいます。いやはやなんとも・・・

 そもそもマークシートで解答を求める目的は、採点を効率よく短時間に行うために取り入れられています。いかにも効率重視の世の中が考えた採点方法です。それによって、数学などの本質的な実力を図ることは、犠牲にされてしまったわけです。

 マークシートだと、答えを選択するので楽だと考えがちです。答えは必ず選択肢の中にある・・・確かに、その答えは半分は正解だといえます。それこそ国語や英語、社会であれば、そういえるかもしれません。ただし数学はそうはいかないわけです。

 それでも数学も、答えが穴埋めだたったり、分数だったりすることがヒントになるとかいわれるでしょうか?たしかに、ある程度はヒントになりますが、それって本当の数学なのでしょうか?

 たとえば、三角関数の問題で、解答の形のなかでルートの中に入る数字を求める場合、たいていは「2」か「3」だとか、答えの空欄の並びから答えを絞り込んだりすることを教えるテキストがあります。

 そんな解答を教えるテキストからは、絶対に学んではいけません。それは明らかに、数学ではなくなっているからです。

 さらにマークシートの恐ろしさを一つ上げると、計算が最後の最後までできていないと正解できないということです。

 先ほど考えた安易に数学を考えている生徒は、数学を苦手としているので、計算力が伴っていません。したがって、計算ミスを連発します。99%あっていたとしても、最後の「移行」や「約分」などでミスをすると、「全くできていない」と判断されてしまうのです。

 たとえば、計算してきて答えが「2の3乗」ということがわかっても、ここで2の3乗は、「8」なのに、誤って2×3と考えて「6」にマークしたりします。どんなにできているとはいっても、マークシートは情け容赦なく「できていない」と判断します。完全完ぺきな解答でないと得点できません。

 つまりマークシートは、結果でしか判断しないのです。過程を大事にする数学において、マークシートはかなり厄介な解答方法なのです。ほんと恐ろしく感じるのですが、それでも『マークシートだから簡単だ』とまだ思われますか?

 

 「それでもセンター試験で採用されているじゃないか。あれはどうしてなのか」

 たしかにセンター試験の数学はマークシートですね。それについては次回お伝えしたいと思います。

【5】 数学は結果よりも・・・

 今回は、数学の教科特性についてお伝えします。

 もしかしたら数学の問題は、四角四面で答えが一つでかなりタイトなイメージがあるでしょうか?

 全くそれは当てはまらないとお伝えしたいと思います。確かに小学校の計算の結果などは1つになるのはありますが、大学入試問題などにおいて、数学の解答はかなり柔軟性に富んでいるといえます。というのも、最終的な答えは1つかもしれませんが、そこにたどり着く過程はいろいろあるという事です。

 私の数学総合の授業では、生徒が課題をやってきてプレゼンしてもらうのですが、毎年同じ課題を出題しても、模範解答とは違うが、答えもあっていて、違ったアプローチからの解答を導いてくる生徒がいます。ほんとエクセレントです!数学の解答は模範解答だけではありませんし、それ以上によくできている解答もあるのです。

 ちょっと横道にそれますが、それに比べると、国語や英語の要約や長文問題などのほうがタイトのように感じます。自分はそう思っても、作者はどう思っているのかが大事ですし、要点となるところを抜き出せという問題も、いろいろな可能性があるなかで、もっとも適当なものを選択しなくてはならないといった点で、意外とほかの答えを容認していないように感じます。

 それはさておき、以前、私の学んだ数学の先生がこんなことを言っていました。

 「解答用紙が白紙でも、そこに何度も計算をした結果であったり、時には消しゴムで消す際に、破けてしまったりした結果の解答だったりしたら、確かに答えは、できていないがその努力を評価して白紙でも点数をつけたい

 そうなんですよね。数学は、その結果ではなくて、その過程を重要視する学問なのです。

 とはいえ残念なのはそのような数学は、現代社会に不便であったり、敬遠される状況にあるということです。

 世の中は、とかく結果がすべてで、過程などどうでもよい状況があります。逆に言えば、過程はどうでも結果が出ていれば問題ないといった、中身のない結果を歓迎する傾向さえあります。『早い!安い!うまい!』なんて言葉が昔ありましたが、それが重要な社会では、なかなか数学を理解するのはより難しくなっているように思います。その一つの例が、以前お伝えした‘とにかく早ければいい先取り学習’となります。

 芸術作品同様、よい結果を残すためには、ある程度の時間が必要だとおもいますし、その過程をきちんと評価してあげたいと私は思っています。時間をかけたからこそ、自信をもって伝えられるようになるように思います。結果がでなくてもそこまでの努力を評価してあげたいと思います。

 もしすべてを結果だけで判断するのであれば、だれも努力をしなくなるように思うのは私だけでしょうか・・・

 次回は、そんな数学をマークシートで採点することの問題点をお伝えしたいと思います。